「町おこし」で人材を減らさないために「まんべくん」と「てるひこ」の必要性
「長万部」を全国に広めた「まんべくん」のキャラクター性
まんべくんを覚えていますか?
まんべくんは北海道長万部町のイメージキャラクター(ゆるキャラ)です。 当時Twitterでの強烈なキャラクター性から社会現象にまでなりました。2010年10月~2011年8月という1年足らずのTwitter運用期間にも関わらず、強烈な存在感で膨大なフォロワーを抱えていたまんべくん。詳しくは以下の記事がわかりやすいのでリンクを貼らせていただきます。
まんべくん騒動にみる「炎上マーケティング」の教訓 ブロガー 藤代 裕之
私も2010年~2011年、まんべくんをフォローしていました。
私にとっては共感できる内容もできない内容も、まんべくんは膨大につぶやいていましたが
そのキャラクター性に一貫したポリシーと天才的なキレがあり、目が離せない存在だったまんべくん。
彼の存在は「長万部」という地名を全国のTwitter民に広めました。
しかし、その発言内容は基本的に毒舌であったため 多くのアンチを抱えていたのもまた事実です。
おそらく町役場等では「長万部」の印象を良くする活動をまんべくんに望んでいたことでしょう。
最終的には2011年8月、太平洋戦争に関連した発言への抗議が殺到し、まんべくんのTwitterアカウントは閉鎖に追い込まれます。
まんべくんの活動は 行政側の意図から外れていたかもしれませんが、
その暴れん坊ぶりも 多くのファンを惹きつける要因でした。
しかしそのファンは、「長万部」のファンではなく「まんべくん」のファンでした。
「まんべくん」を葬ってもシビアな現実は変わらない
その後、まんべくんを運営していた中の人は函館市の非公式キャラクター「てるひこ」を生み出し
現在も「てるひこ(元まんべくん)」として活動されています。
Twitterで何を呟こうが基本的には自由な世界のはずなのだが「貴方のようなゆるキャラがそんな事を呟いては~」というような趣旨のリプライをたまに貰う。
その人にとって俺がそんな存在なら、指先だけで気軽にリプライしてきてんじゃねーよ。とも思うね。— てるひこ(元まんべくん) (@TERUHIKO_) January 15, 2020
2013年に開催された函館出身のロックバンドGLAYの大規模コンサートの前に
「てるひこ」は当時運用がうまくいってなかった函館駅前広場を活用し コンサート会場への専用バスやGLAYファンへアピールする催しを発案して函館市に掛け合っていました。
その発案は、様々な需要を満たす素晴らしい内容だと当時の私は感じていました。
しかし市側には すべての提案が通らず、「てるひこ」の憤った気持ちは1フォロワーである私にも伝わってきました。
毒舌キャラクターであるまんべくんも、「てるひこ」も、中の人は同じです。
「自分がやるしかない」という強烈な自負心と覚悟がなければ
1日300回つぶやくまんべくんの運営も、その後に続く「てるひこ」の活動も実現しなかったでしょう。
市町村からの要望はそれとして大切ですが
それらの要望を満たす前に「知ってもらえなければ始まらない」というシビアな現実があります。
そのシビアな現実を打ち破る策として「毒舌キャラ」が生まれたのであり
毒舌キャラを葬ったところで シビアな現実が変わるわけではないのです。
「町おこし」は長期戦、来てくれた人材を一員として迎え入れる準備を
近年 町おこしや協力隊事業などで、市町村内外から一定のスキルをもった人材を迎えることが増えています。
私も一時期、移住者という立場で役場勤めをしていましたが 「外から来た」人間に対しては
「どうせすぐに居なくなる」というスタンスで接せられることが多かったです。
「20年、30年根性でねばってみたら認めてやる」といった発言を聞いたこともあります。
これまで実現できなかったことを実現していく人材として 外から人を受け入れるはずなのに
村社会や縦社会の中に組み込もうとする圧力のために、はやばやと見切りをつけ土地を去る人材も多いのが現実です。
地域に根差すことをやりとげようと思ったら、誰かに丸投げでは無理なのです。
ほかの土地から来たり、世代がちがったりすることで
意思の疎通が難しかったり 常識が違ったり 受け入れられない部分があったりするのは当然だと思います。
そこで投げ出さずに、時間をかけて話し合い 共有できるものを確認し、お互いを把握していきながら
3年~5年をスタート期間として設定するくらいが丁度いいのではないでしょうか。
何十年も変わらなかった市町村を変えていくには、少なくとも10年は必要なのではないでしょうか。
外から来てくれた人材と 長続きする関係性を作り上げていくにも、
そのくらいの年数はかかると思いませんか?
そのために行政側がすべきことは 人材の生活面の安定や、適切な世話役をつけることなど。
外から来た人がすべきことは、地域の常識を理解するために時間をさくことや、報連相の習慣化など。
人間 自分を変えたい!と思っても、すぐに変わることはできません。
自分自身のことでもそうなのだから、巨大なコミュニテイからなる地域全体を変えていくには
それなりの時間がかかります。
でも、それを実現しているモデルケースが世界中にあるのだから
不可能なことではないのです。
「町おこし」で人材を減らしてしまっては、元も子もありません。
長続きする関係性を作りあげるためにも、時間をかけて ゆとりをもって
取り組んでいけるとよいのではないでしょうか。