藤倉朱里が函館にいるうちに、見るべき理由。藤倉朱里絵画展 未完ドロップ@函館あうん堂
画家・藤倉朱里さんはこの春高校を卒業した。
「高校生画家」として多くのメディアに取り上げられた彼女は
すでに次なるステージに進んでいる。
藤倉朱里さんが生まれ育った北海道今金町を離れて
函館に活動拠点を移したことを、函館の人々はどれくらい知っているだろうか。
「なぜ函館に?」と思うかもしれない。
なにしろ函館には美術大学はおろか、デザイン系の専門学校すらないのだから。
しかし、「ない」と思われるような環境で、彼女は多くの「ある」を生み出し続けている。
しかも、ごく短期間でそれらを成し遂げている。
まず2021年の6月に函館国際ホテルで初の個展を開催した。
彼女の初個展には大勢の人が足を運び、
また道内の多くのメディアで取り上げられた。
しかし彼女とサポートしている人々の熱量は、お祭り騒ぎのようなメディアの神輿を上回っていた。
翌月には函館市内のスペースで作品展示、
休む間もなく同年10月には故郷で個展を開催した。
その後も、依頼作品の制作や個展、海外での展示などを重ねている。
3月中旬。
春の雪が舞い散るなか、函館の大門地区で行われている藤倉朱里さんの個展会場に足を運んだ。
あうん堂という、函館出身のロックバンドGLAYもかつて出演していた老舗ライブハウス兼イベントスペースに
涙に濡れたような、色鮮やかな油絵作品が並んでいた。
SNSなどでも見ていた作品たちだったが、
実物をみると100倍、良い。
具体的にいうと、目を楽しませてくれる作品たちなのだ。
細かい描写も、ダイナミックな盛り上げも、
すべてが生で聴く歌のように小刻みに振動して見える。
私が今回目を見張ったのは、藤倉朱里さんの作品でよく登場する「直線」だ。
普通は、定規やマスキングテープを使用してまっすぐになるよう描写することが多いのだけれど
彼女は大半の「直線」を、おそらくフリーハンドで描いている。
なんという決死の「直線」を描くのか。
ラクに描こうと思えばいくらでも楽にできるのに、
彼女はあえて
自分の手と絵筆をぎゅっと筋肉で固定して、おそらく瞬きもせずにこれらの線を引くのだ。
その情景が見えるような、力と涙のこもった「直線」にいくつも出会った。
藤倉朱里さんの作品は、油絵具=テクスチュアの重い画材を使用しているので、
そして彼女の塗り込み方は、とても密度があるので
平面絵画でありながら、よく見ると立体作品なのだ。
30号ほどの大きな作品になると、相当量の絵具を塗りこめているので
キャンバスはかなり重いはずだ。
しかし、藤倉朱里さんの抱えている「自己」は
大量の油絵具と比べ物にならないほど、ずっしりと重く
色彩豊かなのではないか。
まるで 自分自身を絞り出して、キャンバスに塗りこめているような作品たち。
これだけの技術があれば、さらりと達者な画面を作ることは出来るはずだけれど
(その証拠に、彼女が制作するデジタルアートはかなり巧くて軽妙だ)
きっと、
「油絵具をチューブから絞り出して塗りつける」ことに
彼女が「自己表現をする」という感覚がリンクしているのではないか。
そんな勝手なことを考えながら、ひとつひとつの作品をじっくり見ることができた。
かつて天才を謳われて夭逝した十代の画家のひとりに
「山田かまち」という少年がいた。
私は、若いころ山田かまちの天才ぶりに心酔していて
展覧会へ行ったり、画集を求めたりして自分なりに研究をしていた。
しかし、ある年配者が私にこう言った。
「若いころは、みんな山田かまちのような作品を作ったり、ストイックな精神状態になったりするものだ。
彼が天才というわけではなく、山田かまちは、たまたま運よく世の中に出てきただけだ」と。
その時は、
自分の好きな画家を年上の大人に笑われたように思って傷ついたけれど
反論は出来なかった。
「そうなのかな?そうなのかもしれない。山田かまちみたいな才能ある若い人はきっと沢山いるんだ」
と思ってしまった。
でも、今となっては、私を諭した年配者にこう言いたい。
「だから何だ。天才は実在して作品を残しているんだ。
それを見られるチャンスがあったら、見るべきだ」
と。
藤倉朱里さんは、ずっと函館にはいないかもしれない。
たとえ彼女が函館にいたいと思っても、
彼女の才能は もっと広い環境へあるじを連れていく気がする。
天才はずっとそのままではない。必ず変容し、成長し、
ひとつの姿をとどめていることはない。
天才だけでなく、すべての人が変化をしているのだけれど
普通の人は多大な困難やプレッシャーを乗り越えてまで
自己を表現したり あうん堂で個展を開催したりはしない。
今の、藤倉朱里さんの絵を見られるチャンスは今しかない。
函館で見られるチャンスはあと何回あるだろうか。
彼女の泣き笑いのような、切実で愛らしい油絵たち。
しかし、あろうことか
同時にかなり攻撃的だ。10代の画家がここにいる。
ひとつ、大変に僭越ながら
藤倉朱里さんがいい描き手だなと思った理由を挙げておきたい。
藤倉朱里さんが自分のために描く油絵は 叫びにも似た自我の噴出が見られるが
依頼された作品に於いては 優しく繊細な作風を見せる。
人に向けての作品を 優しく描けるというのは
息の長い描き手である証拠だと思うのだけれど
どうだろうか。
ともかく、これだけの長文を書きたくなるような個展であったことは事実です。
藤倉朱里絵画展「未完ドロップ」
2022年3/19(土)〜3/27(日)
〒040-0035 北海道函館市松風町8−6