渋谷の街にシネマライズがあったころ。街の暗がりでカルチャーと出会う回想録。

私が一番通った映画館といえば、かつて渋谷にあった「シネマライズ」です。

ここで何本の映画を観たか正確にはわかりませんが、『ベルベットゴールドマイン』と『SPRING FEVER』はそれぞれ3回ずつ観たし

井浦新(当時はARATA)の映画デビュー作となった是枝裕和監督作『ワンダフルライフ』も封切りと同時にこの映画館で観ました。

 

映画『スプリング・フィーバー』婁燁(ロウ・イエ)監督による作品。ゲリラ撮影による美しい映画のこと。

 

高校生の頃から北海道に移住するまで「作品に触れたい」という気持ちが高まったときに

はまず渋谷シネマライズで映画を観て Bunkamuraギャラリーで企画展を見るというのが私の定番でした。

シネマライズウェブサイト

 


 

私が渋谷に通っていたのは90年代後半~2010年代で

昭和の渋谷がまだ残っていて、おもしろく刺激的だけれど

同時に、とても不便な街でもありました。

とにかく駅の中がわかりづらく「モヤイ像前で待ち合わせ」といっても

渋谷駅に到着してから10分は余裕をみないと目的地までたどり着けませんでした。

反対側の道路へ行きたければ、長い階段を上り下りしなければならないし

道路一本挟んだエリアへ行きたいだけなのに延々と歩道橋を探して歩くしまつ。

 

「シネマライズ」という映画館は そんな迷路みたいな渋谷の街を具現化したような存在でした。

アラーキーが撮影した昭和時代のシネマライズの外観写真がすごく良くて

(巨大なオブジェ=シネマライズの建物に女性が吸い込まれていくような作品)

私にとってシネマライズという映画館は、エンターテイメントを楽しむ場所というより

あの映画館が上映する映画を通して

まだ知らない世界と、自分が自覚していなかった内部が結び付けられるような体験をする場所でした。

すごくエネルギーをもらうけど それに耐えうる強さを身に着けないと

継続して通えない場所でした。

シネマライズの黒く塗られた内装は、手塗りの跡がくっきり見えていて

掲示されたポップやポスターがいっそう生なましく

作品はけして安全なものではない

「映画は取り扱い注意」のメッセージを勝手に受け取っていました。

 


 

 

渋谷という街が好き、だとは今でも思えません。

函館大好きな私にとって 渋谷や都内の繁華街は

どちらかといえば苦手な場所だし、現在かなりリニューアルされた渋谷駅周辺を思うと

今行くのはちょっとシンドイかもしれないな、と思います。

でも、あの「シネマライズ」のように熱くて暗くて

エネルギーに満ち満ちた映画館というのは 渋谷の街でなければ成立しませんでした。

作品は、カルチャーは、本来安全なものではありません。

自分の身を守らないと 渋谷の街を歩くことが難しい。

シネマライズは「取り扱い注意」の傑作をいつも上映していました。

渋谷の暗がりを歩いてたどり着く映画館がいつも「シネマライズ」だったこと。

カルチャーは薄暗く、不便な場所まで

自力でいかなければ出会えないものなんだということを

若い日の自分に教えてくれた場所でもありました。

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