谷川俊太郎さんがいたから、「ひとり」でいられた。

小学4年生のころから、谷川俊太郎少年詩集「どきん」が宝物です。

子どもの頃から現在まで…数十年間ずっと私の本棚にあります。

これまでに何回も読み返してきました。

 

 

この詩集のなかでも特に好きな詩があります。

 


 

まよわずに

ひとすじに

とりたちは とおいくにへと

とんでゆきます

 

そらにも

めにみえぬ みちがあるのでしょうか

そのみちをてらすのは

かすかなほしの ひかりだけなのに

 

いそがずに

おそれずに

ちずもなく とりたちは

かなたへと とおざかる

 


 

谷川俊太郎さんの詩を読むとき、いつもひとりでした。

私は鍵っ子だったので、子どもの頃からひとりで過ごす時間がたくさんありました。

 

谷川俊太郎さんは、子どもが感じている孤独は、大人になったからといって無くならないことを教えてくれました。

 

ひとすじに飛んでゆく鳥だって不安や悲しみをかかえていて、

旅の途中では危険な目にあうかもしれないのに

そんなことは見せずに飛ぶすがたが美しいのだと思いました。

 

子ども時代に谷川俊太郎さんの詩をとおして あらかじめ大人のさびしさを教えてもらえたおかげで、

助かったことがたくさんあると思います。

とりあえず「だれかに自分をどうにかしてもらおう」、とは思わない大人になりました。

これは、私の性格に合っている考え方で、

また谷川俊太郎さんの詩を読まなければ生まれなかった部分だと思います。

 


 

いそがずに

おそれずに

ちずもなく とりたちは

かなたへと とおざかる

 

小学五年生のとき、大きな模造紙にこの言葉を書いて、まわりに絵を描いたことがあります。

その作品を、しばらく小学校の壁に飾ってもらいました。谷川俊太郎さんの詩から絵を描くのは本当に楽しかった。

と同時に、これはズルイ描き方だなと思いました。

詩の力をかりないと描けない絵だったからです。

以降、だれかの詩に絵をつけることはしていません。

 


 

谷川俊太郎さんの本を色々読みましたが、

「夜のミッキー・マウス」はまだちゃんと読めないまま、本棚に並んでいます。

 

 

ちょっと読んでみて、格好よい詩に思えてしまいました。

それで、少し恥ずかしくなってしまい、まだ読めていません。

でも もう少ししたら読めるようになるかな?と思います。

 

ひとりの読者として、日本に生まれ谷川俊太郎さんの詩に出会えたことは幸せです。

この幸せをつないでいきたいと思います。

 

 

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