東京卍リベンジャーズコミック感想|いつでも今この年齢が人生のすべて

「東京卍リベンジャーズ」のコミックを読みました

 

「東京卍リベンジャーズ(和久井健)」は週刊少年マガジンにて連載している少年漫画です。

生徒さんが現在のところ出ている全巻を貸してくださったので、一気に読みました。

 

 

アニメ・舞台・映画にもなり、現在相当人気のある作品で、

原作であるコミックを最初に読むことが出来て良かったです。

 

 

久しぶり(20年ぶりくらい?)に少年漫画を一気に読んで、非常に面白かったと同時に、

少年漫画をまっすぐに読めない自分になっていることも自覚しました。

主人公たちは10代の中学生~高校生、自分の子どもでもおかしくない年齢なのですから。

 


 

中学生のケンカで人が死にすぎる、つらさ

 

 

中学生の主人公・花垣武道の「まっすぐさ」が作品を突き動かしていくさまは爽快です。

しかし、正直3巻くらいまでは読み進むのがつらかった・・暴力シーンが凄惨だから(特に女性への暴力)というのと、

中学生という「子ども同然」の年代が生死の間際にいる設定が

きつかったからです。

 

大人になると、中学生は精神的にも肉体的にも、本当に子どもだという感覚になります。

しかし、自分が中学生だったころを思い出すと

大人ではなかったけれど その年齢に出会ったものが「人生のすべて」だったのです。

 

あまりにも「コロす」というセリフか、人の生き死ににかかわる場面が多すぎて

「中学生なのに・・」と思いながら読み進めていた部分もありましたが、途中で気づきました。

「中学生だから、子どもだから、これが出来るんだ」と。

 

 

自分で生計を立てられるような大人になったら、

こんなふうにシンプルに 人を傷つけたり憎んだりは出来なくなる。

過去は子ども時代しかない、中学生という年齢だからこそ生死の際まで行ってしまうのだ、と気付きました。

 


 

中学生だからこそ行ってしまう「生死の際」

 

 

私が中学生の頃、少なくとも2人の 同じ学校に通う男子中学生が亡くなりました。

バイクなどの交通事故でした。多少荒れている学校ではあったのですが、

同じ学校に通う中学生が亡くなったことで 私はまったく別次元の感覚に陥りました。

 

不良がカッコいいとか、カッコ悪いとかどうでもいい。

死ぬという際に簡単に行けてしまう、そんな日常に私たちは住んでいるんだという現実を知り、打ちのめされました。

さらに 亡くなった中学生は幼いころから知っている相手だったので(これを書くのもきついですが)

あまりのことに 悲しいとかつらいとかの感傷さえ湧いてきませんでした。

そんな感覚を通り越して、何を感じているのかも分かりませんでした

これは、数十年経った今でもそうです。悲しいなんて言えません。何も消化できていないのです。

 

そして、今ひとつ分かったのは「大人なら、彼らは死ななかった」ということ。

過去が子ども時代しかない、中学生だからこそ

大人なら絶対に行かない際まで行ってしまったのです。

 


 

いつでも今この年齢が人生のすべて

「東京卍リベンジャーズ」は最高に面白く

魅力的な作品です。私が10代だったら、夢中で追いかけたと思います。

キャラ設定が素晴らしいし、とにかく絵がきれいで中毒性のあるデザイン。

一言でいうと、最高です。

 

 

そして、少年漫画の世界観にまっすぐ向き合えなくなった現在の私が

この作品から受け取ったのは

「今生きている年齢が人生のすべて」だというメッセージです。

作者の和久井健氏の描く少年たちは

華奢で、だぼっとした服を着て、こぶしを握っても線が細いままです。

大きな目に光が入ったかと思えば 次の場面で瞳は真っ暗になり

鋭いセリフを吐きながら 物おじせずに暴力をふるいます。

 

 

でも、自力で生活費を稼いでいるわけではなく

作中でも「中学生」生活を送っている。

だから子どもなんだ、子どもだから物を知らないんだ・・というのが大人です。

でも、どんな年齢でも、

その時点の年齢が人生真っ只中なんです。

 

そんな、どうしようもない変えられない現実を

タイムリープしてみせるのが主人公のタケミチですが

 

それがファンタジーでありエンターテインメントだからこそ

今を生きるしかない私たち生身の大人は、

心して読むべきなんだと思います。

 

誰にとっても、いつでも今この年齢が人生のすべてなんだということを。

 

コミックを貸してくださったOさん、ありがとうございました!

 

 

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