むかし函館にいた「洗濯ばあさん」「風呂敷ばあさん」について(聞き取りメモ)

*追記あり(2015/7/2)

先日、何代にもわたって函館で暮らしている方とお話しをした際に

昭和20年代~30年代に大手町~宝来町のあたりにいた「洗濯ばあさん」(もしくは「風呂敷ばあさん」)のことを聞きました。

 

大手町、宝来町、大森町で育った方達が 共通の話題としてこの方のことを話されていました。

メモとして残しておこうと思います。

 

 

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「洗濯ばあさん」(もしくは「風呂敷ばあさん」とは・・・

 

・いつも大きな風呂敷に大量の洗濯物(?)をくるんで背負っている

・おそらく住居はなく、公共の場にある水道や井戸や水路を転々としている

・施しは一切受けない

・周辺の住民が暮らしを心配して声をかけると、反対に「あんたさんこそ年相応のものを着なさい」と諭される

・洗濯をすることで生計を立てていたのか、常に水場を回っては洗濯をしている

・人とかかわらず 常に単独行動

・誇り高い

・高齢になり、住民が心配して施設にかけあって 高齢者施設に入居したことがあった。施設では用意されたベッドには眠らず床の上に直接寝て、食事も手をつけず、唯一おにぎりだけを立ったまま食べた。ほどなく脱走して施設には戻らなかった。

・施設に一時保護された際は65歳くらいだったという

・西部地区に居ることが多かったが、ちょっと離れた町の人々からも「洗濯ばあさん」と呼ばれていた

・遠い土地から来たらしい

 

 

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追記~2015/7/2~

 

その後、お母さんが「洗濯ばあさん」をよく見ていたという方からお話を伺う機会がありました。

その方のお母さんは、当時大門地区の真砂町(当時)に住んでいて

函館駅裏の連絡船が発着する場所で、洗濯のお仕事をする「洗濯ばあさん」をよく見ていたそうです。

その方は、子ども時代にお母さんから叱られるとき

「あんたは洗濯ばばの子どもなんだよ」といった内容の云われ方をされたことがあるそうです。

同じニュアンスでは、「橋の下で拾ってきた」という文句が近いのかな、、と云われていました。

 

 

SNSでも、「洗濯ばあさん」について複数の方からお話を伺うことができました。

また、この内容を読んだ研究者の方から「洗濯ばあさん」は「サンカの民」ではないだろうか、との指摘も頂きました。

 

一人の女性の存在・記憶から、かつての函館の風景が呼び戻されるような感覚です。

 

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私が生まれ育った横浜・伊勢佐木町には かつて「メリーさん」と呼ばれる 街に立つ年配の女性がいました。彼女の存在は、多くの書籍や写真集・映像に残されていて、演劇や絵画作品にもなっています。

 

「洗濯ばあさん」のように人々の記憶に残る 家を持たない人々が日本中にいて、こうしてふとした時に人々の話に上ってくる・・・

かつて函館という街の、ひとつの風景だった彼女のことをメモしておきたいと思いました。

 

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